社会参加してる人とそうじゃない人の違い(将来やりたいことが分からない学生は普通)

皆さんこんにちは。どうも。

今回は、社会参加してる人とそうじゃない人の違い・・ということについてお話ししていきます。

で、一言で社会参加と言っても色んな業種の人がいますし、それぞれ立場も違うでしょう。

また、仕事に就いてることだけが社会参加ではなく、ボランティア活動をしていたり、非営利団体(NPO)等に所属し、社会貢献活動をしていること等も立派な社会参加ですよね。

また、社会人だけでなく、学生も、学校に通っていれば社会参加していると言えるでしょう。

要は、「社会と接点を持っている=社会参加している」と言えるでしょう。

そういう意味では、無職だけでなく、引きこもり(や不登校など)も社会参加していないと言えると思います。

引きこもりの定義は、「長期間社会参加せずに、家族以外の他人と関わりが無い状態」なので、正に社会参加していない卑近な例だと思います。

まあ、無職引きこもりも、不登校も、(そうなってしまう)事情があるのは分かりますが、私からしたら、(学校卒業の資格や職歴といった)保険を自ら捨ててるようなものなので、(よほど有能じゃない限り)自分を追い込んじゃうので、そういう意味で肯定できないですね・・

そりゃ、ホリエモンとかは学校(大学)なんて行かなくていいとか、(今の仕事はほとんど要らなくなるので)仕事なんてしなくていいとか・・言ってますが、ホリエモンみたいになれないじゃないですか?><

本当に、ホリエモンが言ってることをみんなができるなら、みんな学校(大学)行かないですし、仕事辞めますよね?

でも、実際はみんなそうしてない(できない)じゃないですか。

だって、無計画にそんなことしたら、人生どうなるか?って不安になりますし、そのまま何もせずにいたら、間違いなく落ちぶれると思いますし、どうやって生きてけばいいんだ・・って絶望しますよね。

なので、(大多数の)普通の人は、ホリエモンみたいにはなれませんし、(学校卒業や職歴といった)保険を捨てるのはリスキーですよね・・

なので、無職引きこもりや、不登校はリスキーな選択だと思います(自ら人生をスポイルしちゃってるというか)。

後、不登校でも学生であれば、一応「学生」という身分がありますが、無職引きこもりは身分が無いですからね・・

よくニュースとかで、容疑者は40歳無職(男)で・・みたいに報道されてることが多いように、(一歩間違えれば)犯罪者予備軍みたいな感じじゃないですか・・

なので、色々とヤバいな・・って思います(無職引きこもりで普通にしてられる精神状態がヤバい・・)。

で、と、まあまあ・・つらつらと無職引きこもりや不登校に対する批評を述べましたが、私自身の経歴ですが、新卒で(正社員で)Sierに入社し、そこから結構職を転々とし(ずっとIT業界)、今は業務委託のITエンジニアとして働いています(丁度落ち着いてきた感じ)。

職を転々としてきた理由ですが、自分がどんな会社に向いてるのか?や、正社員に向いているのか?や、社会の厳しさ(他人からお金をもらう厳しさ?)等を分かっておらず、結構色々とやらかしたりもして、(一言で言えば)甘えていたからでしょうね。

自分って、社会に出てやっていけないんじゃないか・・とか思って、絶望していた時期もありましたし・・

まあ、ポジティブに言い換えれば、「社会の厳しさ」を学んでいたと言えるでしょうかね・・

で、そんなこんなで、一応(めげず)諦めずに仕事は続けており、今の立場は契約社員になりますが、正社員よりも(スキルや人間関係など)色々とマンネリ化するのを避けられるという意味で、自分に合っていました(フリーランスにも転身できますが、私はそこまで稼げていないので、フリーランスになるメリットがあまり無い)。

で、一応継続して仕事(社会参加)はしてるので、社会人歴は一応10年以上です。

なので、今学生の人で、将来何になりたいか?が分からないと言う人は、ぶっちゃ普通です(焦る必要はない)。

まず、学生という立場なので、社会がどういうものか?や、社会に出てお金を稼ぐ厳しさ等は分かっていないと思いますし、仮にそういうのが分かっていたとしても、自分の適性(社会で自分がどのように活躍できるか?等)は分からないでしょうし・・

なので、せいぜい漠然と、(気軽に)なりたい職業を絞っておくとか、自己分析して、強みや弱み(得意不得意)や、好き嫌い等を洗い出しておくぐらいですかね・・

後は、色んな本を読んだり、よく勉強しておくとか・・

で、と、まあまあ、社会参加とか、私の経歴とか、学生時代の将来の夢とか・・色々と前置きが長くなりましたが、ようやく本題に入っていきたいと思います。

まず、以下、社会参加するメリットです。

※ここでは、業務委託のITエンジニアとして働いている私が感じた社会参加のメリットですが、恐らく多くの(労働者として働いている)社会人に共通するであろうメリットを挙げました。

  • 社会的欲求が充足される

会社に属することや、プロジェクトのメンバーとしての役割を担うことで、社会的欲求が充足される。

  • (仕事と休日の切り替えのような)メリハリを持つようになり、生活リズムが整う。
  • 自己満足ではなく、色々と客観的に評価されるので、自分自身を客観的に見れる(客観的な市場価値を測れる?)
  • 社会の厳しさを学び、そこから成長できる。言い換えれば、社会に鍛えられる。
  • 人間関係によって、世間を知ることができ、見聞が広まる。

人間関係は、苦しいことも多いが、「こういう人もいるんだな」という風に学びであると捉えるしかない。

  • 仕事を通してしか得られない、経験やスキルが身に着く。

ざっと、まあこれぐらいでしょうか?

他にもあるとは思いますが、重要だと思う社会参加のメリットを挙げました(抜けてたらすみません)。

なので、社会参加している人(社会人)は、

社会的欲求が充足されており、生活リズムがきちんとしており、自分を客観視できており、社会の厳しさを知っており、世間には色んな人がいることも経験しており、仕事を通して得たスキルや経験値があるような人

と言えるでしょうか?

で、社会参加していない人は、これらの逆をイメージしてもらうと分かりやすいかも・・ですね。

つまり、

社会的欲求が充足されておらず、生活リズムにメリハリが無く、自分を客観視できておらず、社会の厳しさを知っておらず、世間には色んな人がいることも経験しておらず、仕事を通して得たスキルや経験値が無いような人

と言えるでしょうかね?

もちろん、個人差はありますし、社会参加していなくても優秀な人はいますが(めっちゃ稼いでる個人投資家や、優秀な画家とか作家など?)、社会参加していない人は、大抵甘ちゃんだったり、社会不適合者だったり・・まあ要は底辺だったり、社会的に使えない人間じゃないんですかね?(厳しい言い方で、申し訳ないんですが)

もちろん、人間にはそれぞれ向き・不向きがあり、社会参加していないからダメだ・・と言っちゃうと、その人そのものを否定しているようで、差別や人権侵害みたいになっちゃうので良くないですが、社会という枠組みで見た時には、どうしても「何もしていない非生産的な人間は役立たず」とかそういう感じじゃないんですかね?(もちろん、五体不満足や知的障害などで社会参加できない人は除いて)

特に、日本の社会とかは、生産性や効率重視の社会なので、そういう非生産的な人間に対する風当たりが強い気がするんですよね(人目や同調圧力もあるかも)。

イタリアとかギリシャとか・・そういう国だと、平日の昼間から何もせずにビーチでゴロゴロしてたり、酒とかセックスに明け暮れてるような、ろくでなしもいますが、日本や米国は先進国なので、基本的にそういう “非生産的なろくでなし” に対する風当たりが強い気がします。

なので、日本だと、そういう社会参加していない人(何もしていない非生産的な人?)とかは、生きづらいかもしれませんよね(社会がしっかりしているため)。

後、今の日本は少子高齢化で、ただでさえ労働力が足りなくなってきているので(将来的に更に不足する)、そういう非生産的な人は、尚更肩身が狭くなる気がしますけどね。

はい。以上、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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