反出生主義という人生哲学について(お金を稼ぐ苦労)

皆さんこんにちは。どうも。

今回は、反出生主義という人生哲学について語っていきます。

今回話すことは、一般的な反出生主義に加えて、私個人の人生哲学(思想)も含まれているので、そこのところはご了承ください。

はい。ということで、本題に入っていきます。

私は予てからずっと人をこの世に生み出すこと(出生させること)に疑問がありました。

だって、人生は四苦八苦と言われているように、苦しいことが多いじゃないですか。

その中でも、今回は主に、お金を稼ぐ苦労について語っていきたいのですが、まず、仕事(労働)を思い浮かべて欲しいです。

※ここからはしばらくダラダラとお金を稼ぐ苦労や世間体について述べていきます。

まあ、仕事と言っても、ここではお金を稼ぐためにしなければいけない行動全般・・と思ってもらった方がいいです。

で、普通の人は、毎日生きるために、平日の朝から晩まで(人によっては土日祝も)仕事=労働と言う苦しいことをしないといけないですよね。

私は今30代(男性)で、独身1人身なので、家族を養って、家庭を維持しなくてもいいので、まだ生活(生活費や時間)に余裕がありますが、私と同じように労働者で、同じぐらいの収入で、家族がいる人もいるので、そういう人って色々と大変だよね・・って思います。

なので、私は将来的に、ずっと労働者をやり続けるかどうか?を考えています(いつかどこかのタイミングで辞めたいと思っています)。

起業して実業家になりたいな・・とか、不動産投資で遊んでても金が入ってくる・・とか、そういうのを夢見ています(あくまで夢です)。

後、まあ、今の時代は、youtuberとかでワンちゃん(運よく)ヒットすれば、不労所得で大金を稼げますが、世間体とか、生産性とか・・そういうことを指摘されると、苦しいですよね。

まあ、それ以前に、不労所得で大金を稼げてる人自体が少ないので、すごいとは思いますが、それは置いといて・・

後、不労所得・・と言ってますけど、youtuberも動画を投稿しないといけないので、お金を稼ぐために動画投稿してる時点で、実質仕事と同じなんですよね。

私の知ってるyoutuberの人でも、動画を上げてるだけで、月収50万以上稼いでる人いますが、それだけ稼げてれば仕事する必要もないので、無職ですけど、彼は平日休日問わずほぼずっと動画編集してるみたいです・・

大変な時は、3日ぐらいほぼずっと引きこもって1人で動画編集しています(めっちゃ大変ですよね)。

で、youtuberは労働ではないので、ここでは労働以外でのお金稼ぎ=不労所得とします。

で、これは、youtuberとか・・要は労働しないで(不労所得で)生きている人の扱い(無職やフリーランスの扱い)が、欧米と日本だと結構違うんですよね。

欧米はそこのところは結構自由ですけど、肩書き社会の日本だと、そういう人は、世間体悪いとか・・、生産性無いとか・・、不健全とか・・そういう目で見られそうですし。

まあ、実際は日本にいて、めっちゃ稼いでるyoutuberは、税金でかなり搾取されてると思うので、生産性はありますし、社会貢献もしてますし・・

ただ、どうも日本と言う社会は、「働かない人、無職の人」に対する風当たりが強い気がします(単なる無職だと生産性無いですけど・・)。

例えば、日本で賃貸物件を借りる時とかも、どういう仕事か?聞かれたり、給与明細とか求められるんですよね。

ローンを組む時も当然・・

その時に、フリーランスだけど、月収50万あります。とか、貯金3千万あります。とかでも、えっ?無職?大丈夫?不安定じゃない?ってなると思いますし。

これが、オーストラリアとかだと、貯金3千万とかあれば、無職とかフリーランスでも、普通に賃貸物件借りられるんですよね。

なので、日本は(昔から)肩書きが大切な社会なんです。

そりゃ、もちろん例外はあると思います。

例えば、ヒカキンです・・とか、はじめ社長です・・とか、ヒカルです・・とか、そういう企業の宣伝にも使われてるぐらいの、めっちゃ名の知れたyoutuberで、月収1千万以上稼いでて、貯金10億以上あります・・とかだと、日本じゃなくてもどんな社会でもイージーでしょうけど。

後、実業家の与沢翼さんとかも、家族(奥さん、子供)いますけど、中間層じゃないですし・・

以前、与沢翼さんが銀座で買い物してて、バッグやら財布やら、服やら靴やら(計500万以上)を普通に衝動買いしてましたし・・

なので、要は・・そういうめっちゃ飛びぬけた人以外の、多くの中間層の?というか、中途半端な?フリーランスとかに厳しい感じがするんですよね。特に日本は。

世間的に厳しいのもありますが、(収入的に)不安定なのもありますし・・

特に、家族がいる人で、日本で(中間層の)フリーランスっていう立場って色々ときつくないですかね・・

どんな社会でも多くは中間層で、そういう大多数の中間層=労働者というのが、日本社会一般のデフォルトな感じがするので・・

で、日本だと、どこかの会社の正社員=大多数の中間層の職業っていう感じがしますが、日本の正社員は何もしてなくても給料もらえて・・とか、会社に行ってるだけで解雇されない・・とか、言われてますが、それはそれで本当ですけど、正直楽ではないです(私も経験者なので)。

私は今は正社員ではないですが、正社員の経験もあります。

正社員が楽ではないと思う部分は、まず、「しがらみ」があります。

日本の正社員は、定年まで1つの会社にいること前提なので、定年まで人間関係が変わらない可能性があります。

なので、いい人間関係だったらいいと思いますが、嫌な人間関係(しがらみ)があると、それが定年までずっと続く可能性があるんですよね。

後、日本の場合、正社員の人は飲み会など本来の仕事以外のイベントも仕事のうちと言われているように、参加しないといけなかったり(そういう雰囲気だったり)するし、休みだって、自由に有給とっていいよ・・と言われているのに、取りにくい雰囲気だったりしますよね。

参加は任意だし、休みも取っていいよ・・と言われているのに、その通りにすると、なぜか周囲からの風当たりがきつくなる・・みたいなことありますよね。

いわゆる、同調圧力や空気を読むということを求められているのかもしれないです。

実際に、私の知り合いの外国人が日本で正社員として働いていますが、その人は、飲み会とかのイベントの参加や有給休暇の取得は任意だよ、定時で帰っていいよ・・って言われたので、本当にその通りにしたら、(急に)周囲の風当たりがきつくなったということがあったみたいですし。

要は、日本の正社員特有の苦労があるんですよね・・

まあ、日本だけでなく、基本的にどこの国でも労働は苦しいので(他人からお金をもらう苦労)、できれば一切労働をせずに生きていきたいです。

ただ、こういうと決まってじゃあ生活保護受ければいいじゃん・・とか適当で無責任なことを言う人がいますが、生活保護で生きている人がどういう人か知っているんでしょうかね?

私は何人か生活保護受給者を知っていますが、彼らは精神疾患や知的障害を抱えており、まともに人付き合いもできないような人が大半です。

もちろん仕事なんてもってのほかですし。

私が知っている人は、統合失調症(妄想癖)を抱えており、ほぼずっと引きこもり状態です。

しかも、生活保護なので、経済的な余裕もないのか、ろくに買い物にも行っていない(食事も食べていない)ので、ほぼセルフネグレクト状態です。

セーフティーネットの最下層はそういう人たちが多く、健康で文化的な最低限の生活とは到底言えないし、そもそも生活保護なんて普通に他人に言えない(恥ずかしい、世間体悪い)ですよね。

じゃあ、生活保護以外で、労働せずに生きていけるのか?ですが、これができる人は限られてると思うんです。

先ほども述べたように、稼げるyoutuberになるとか、実業家とか土地持ちとか、(与沢翼さんみたいな)成功してる個人投資家とか、(トランプ一族みたいな)生まれつき金持ちだったりすれば、労働の苦労は無いと思いますが、何も無い庶民(普通の人=大多数の中間層)は、お金を稼ぐために毎日労働をしないといけないですよね。

もっと言えば、労働とは限らずに、お金を稼ぐための行動をしないといけないですよね。

だって、稼ぎ続けないとお金無くなっちゃいますし、そうなれば路頭に迷っちゃいますもんね。不安ですよね。

繰り返しになりますが、最近ではユーチューバーとかでかなり稼いで生活している人もいますが、ユーチューバーの場合は、動画投稿し続けないといけないし、視聴者が離れて行っちゃえば、収益も減ってしまいます。

後、職業がユーチューバーって世間に堂々と言えますかね?

そりゃ、学生とか若い人だったら、いいかもしれないですが、ある程度年配になると、ユーチューバーだけってなんか薄っぺらいというか、ちょっと恥ずかしいですよね。

だって、実質フリーター(フリーランス?)じゃないですか・・

年配の人は、職歴とか、仕事を通して積み重ねてきた知見とか・・そういうのがないと、なんか薄っぺらいというか・・

とは言え、ユーチューバーで生活してる人は、それしかなければ辞めるわけにはいかないので、年配であろうと、やり続けないといけないですしね。

まあ、要は、生活のためにやってる時点で実質仕事と同じなんですよね・・


なので、結局、労働にしても、フリーランスにしても、「楽してお金を稼ぐ・・」のが難しいということですよね。

まず、これが結構苦しいことだと思うし、コツコツ経の庶民が金持ちになるのも難しいと言われています。

一般的に、金持ちほど暇人です(精神的にも、時間にも余裕がある)。

庶民的な感覚だと、(仕事に限らず)お金を稼ぐための行動をコツコツしていればいつかは貯金が溜まって安泰になれる・・みたいな感じでしょうけど(日本人に多い)、そりゃコツコツ稼いでいれば、小金持ち程度にはなれそうだけど、一生遊んでても暮らせるぐらいの大金持ち(億万長者)にはなれないです。

大金持ちになるには労働者とかコツコツ経を辞めて、何かの事業で成功したり、不動産投資で成功したりして、実業家にでもならないと無理ですが、これも勇気要りますよね。

ただ、大金持ちになれなければ、労働(コツコツ稼ぐこと)の苦労からは多分一生逃れられないです。

昔で言えば、貴族と武士や百姓の違いで、大金持ち=貴族なので、身分も高く、時間的にも精神的にも余裕があって、毎日うふふん・・って感じで、優雅ですが、武士や百姓は毎日貴族に使われてる感じじゃないですか・・

なので、貴族が今でいう大金持ちで、武士や百姓が今でいう労働者なんですよね(労働者は毎日せかせか・・で、貴族は毎日余裕がある感じ)。

ただ、そうは言っても、そうなれる保証もないですし、労働を辞めちゃうの不安ですよね・・

まあ、貴族=大金持ちというよりも、正確には、日本の皇室や英国王室が正に貴族ですよね。

彼らは、特別扱いされ、国民から崇められて、(国民が納めた)税金で優雅な生活してるんですから、正に貴族です。

はい。ということで、かなりダラダラと「お金を稼ぐ苦労」について話してきましたが、今回のテーマを思い出して欲しいです。

反出生主義という人生哲学ですが、これは基本的に苦労を避けるには生まれないこと以外に方法はない・・という人生哲学で、ある意味かなり正しいと思います。

今まではダラダラと「お金を稼ぐ苦労」について語ってきましたが、人生にはそれ以外にも多くの苦労があります。

例えば、(予測不能な)突発的な苦しみもあります。


大切な人の死(死別)、病気、誰かから悪口を言われたり・・もあるでしょう。

まあ、実際は楽しいことや嬉しいこともあるんでしょうけど、影響力が違います。

苦しいことの人生に及ぼす影響力は、楽しいことや嬉しいことに比べたら、多大ですよね。

というのは、苦しいことで人は自殺しちゃったり、取り返しのつかない過ちを冒してしまいますが、楽しいことや嬉しいことでそうはならないです。

後は、苦しいことの埋め合わせを、楽しいことや嬉しいことでできるものでもないと思うんです。

当たり前ですが、苦しいことや楽しいことや嬉しいことは数字では表せないので・・

苦しいことがマイナス-100だったとして、楽しいことや嬉しいことがプラス+100あれば、打ち消せるという単純なものではないです(そういう単純な人もいるかもしれませんが・・)。

分かりやすい例で、以前、子供を事故で亡くした、とある親の言葉で、何をしても子供のことが悔やまれて楽しくない。今までは美味しかったものも、全く美味しく感じない(味もしない)・・みたいに言って、何年もふさぎ込んでる親がいました。

後、もう1つの例として、病気があります。

例えば、末期ガンの患者で、何をしてても体中が痛くて苦しいという人もいます。もちろん、健康であった時には、楽しかったことも・・

こういうことって人生には往々にしてある気がするんです。


まあ、我が子を失った苦しみや末期がんの苦しみは想像を絶するものであるとは思いますが、ここで言いたいのは、要は、人生において、苦しいことの埋め合わせは、他の楽しいことや嬉しいことでできるものではないということです。

反出生主義の分かりやすい例で、「ハエの浮いたスープ」という話があります。

レストランに行って、めっちゃうまそうなスープが出されて、いざ食べよう・・と思ったら、ハエが浮いてた・・となると、そのハエを取り除いても、食べたいとは思いませんよね。

つまり、初めからハエが浮いて無ければよかったんですよね。

つまり、人生の苦しいこと・・それ自体が無ければいいんですけど、人生においてそれは難しいです。

これは、南アフリカの哲学者のデイビッドベネターという人(反出生主義の支持者)も言っていました。
「人生において、楽しいことや嬉しいことはあっても無くてもいい(実質的にどちらでもいい)が、苦しいことはあってはならない。なので、反出生主義は正しい」と。

いわゆる、反出生主義とは、人生の苦しいことを経験させないために、初めから(人を)生まなければいいのではないか?と言う思想で、かなり昔からあるものです。

まあ、ただ我々(これを書いている私も読んでいるあなたも)はみんな生まれてきてしまったんですよね・・

後は、人生は苦しいですが、反出生主義が正しいとすると、人類は滅亡してしまいます。

人生が苦しいことは、恐らく人類誕生以降ずっと同じ(真理)なので、人類はそういうのを改善するため(というかそういうのと共に生きていく)の英知を研究してきているので、そういう本を読んだりして、知識を身に着けるのも、ただ苦しんでいるよりはいいと思います(無知は怖い)。

ただ、最終的には、苦しみと共に(ある程度妥協して)生きていくしかないと、私は思っています。

なぜなら、今までも述べてきたように、人生の苦しみを完全に逃れることは、ほぼ不可能だからです。

なので、生きるということは、精神的な強さ(苦難にもへこたれない強さ)が必要であるんです。

それこそ、体育会系みたいな、鋼の精神的強さを持った人が、人生を強く逞しく生きられるのではないか?と思います。

以上、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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